デパケンRの使用再開にあたって〜最後の足掻き〜

私のつもりでは、これは読んでもらう用の文章として書いていない。ただ読み返したときに臨場感が伝わるように、とりとめがなくても思ったとおりを優先する。

まずは簡単に経緯から。デパケンRという気分の高ぶりを抑える薬(実感としては脳の動きを鈍くさせる薬のほうがより合ってるかな)を双極性への処置として処方されていたのだが、油断して独断でしょっちゅう休薬していたツケがきたのか(離脱症状がすでにはじまっていた?)、いろんな原因が複合的に絡み合ってる説がもっとも濃厚ですが、まあ確実に言えることは頭がパッカーンしてそのデパケンを42錠ODし、血中濃度が安定するまで大学病院に入院していた。

あれからちょうど1週間が経ち、完全にバルプロ酸が体外に排出され正真正銘、素の状態に戻った。


今久しぶりに頭が冴えてると感じる。湯水のようにアイデアが次々湧いてくる。枝葉のように広がって入り組んだ思考回路がありあり浮かぶ。そのひとつひとつを末端まで辿り切ることはむずかしい。終いまで集中力が続かず一つのことをやりきることができないからだ。こんな状態なのに気分は悪くないですむしろサイコーですという、完全にヤバいヤツっすよね、これ。


躁うつ病患者以外にはわかりにくいかもしれないけど、一見調子良さげに見える躁のほうが実はやらかしてしまう率が高く深刻で危険なこの病気。躁は常軌を逸した行動で社会的損失も大きいからね。今もその渦中にあるというこの自覚はまだ症状がそんなには進行していないという証拠。時間がない。

デパケンは飲まないと周りを翻弄してしまい迷惑効果絶大だけど、飲むと感情が薄れて能面さながらになるという まぁなんとも難儀な薬のように思う。起伏がなくなるかわりにずっと低空飛行が続くみたいな。

薬を抜いた状態で厄介で目立つ症状が長文が読めなくなったこと。これは人生に支障きたしまくる。目が字の上ツルッツル滑って脳みそが読み込んでくれない。硬い文章はおろか、やさしい文章までも同じ行を反復してしまったりと時間がかかる。ネットは意外とできるんだけどね。


学生の本分をわきまえ、今のわちゃわちゃした頭では履修続行不能で詰むとの判断から最終的にはまたデパケン飲み始めるところに落ち着くと思うけど、ちょっとまだジタバタしていたい気持ちはある。まあ明日主治医に思いの丈かまして判断仰ごう。九分九厘デパケン出されて終わるだろうが。むしろ多めにお薬だされてお灸据えられるかも。私のイノセンスは明日死ぬのだ。

デパケンを飲むとうっすり意識に靄がかかったようになるので、感性死亡、は言い過ぎだけど美しいものを美しいと気付きづらくなる気がしてそれがちょっととっても嫌ですが。


今のうちにあれこれ書き留めておきたいけどなにせこのモードは疲れる。色々浮かんではいるけどつかまえて文字に起こす前に泡のように消えてなくなって、はて、なんのことだったやら。惜しくも言語化には達しなかったものの産まれてきてくれたすべてにありがとう、力が及ばなかったばっかりに、すまない。




デパケンを飲んだら、いっさいに対して、なんの疑問も持たなくなるのだろうか。


その前に、彼氏にラブレターでもしたためようかと思ったが、力尽きた。来世に託そう。